ソラ

 

今日、レッスンの帰りに、家の鍵を忘れてきたことに気付いた。

もちろん気づいたときにはもう遅く。気づいた時にはもう遅いって、

どれだけのことを失敗してきことか。

 

もちろん玄関は閉まっていて、まだ夕方。だれも帰ってこない。

とりあえず玄関のドアを何回かガチャガチャして、見える範囲の窓の鍵が開いていないかを確認。おっけー全部ちゃんと閉まってる。よし。

 

本持っててよかった。こういう時のために本ってある。ほんと。

あと楽譜もあるし。ウォークマンもある。あ、財布もある。よし。

ビール買ってこよう。

 

庭のベンチで太陽が出てるうちからビール。あれ、なにこれ最高やん。ビールおかわり。

 

それで、ウォークマン聴きながら本とか読んでたら

なにかすごい、鳥とか、空とか、虫とか、草とか花とか木が、

なんかうるさいって、思った。ウォークマン聴いてるのに。爆音でグリーグ流してたのに。

 

それで、顔あげたら、空が。すごい。すごいなんか、普通だった。

なんかすごいいつもの普通の空で。よく空見るけど、

ほんといつもと変わらない普通の空で。

なんにも思わなかった。なんだ、いつもの空だ。今日は雨上がりで少し雲が多いな。て。

 

グリーグの曲が良すぎてかもしれないけど、もうちょっと空を見ていた。もうちょっと見てみようって、思った。なんか感傷的な。

そしたら、雲の向こうにも雲があって、その向こうに空が、見えた。向こうてか上。

一番手前の雲は、雨を降らせていた雲だろうか。濁った色で、動きがすごい早くてしっかり見ていないとすぐに形を変えてしまうし、過ぎて行ってしまう。その向こうの雲は真っ白で。ゆーーっくり動いてる。穏やかで柔らかくて太陽の光を眩しく浴びていた。そのまた向こうは空。なにもない。ちょっと薄めの青。なんにもない。なにもいない。

 

音楽と同じだ 

音楽は、自分が弾いている音楽は自分にしか聴こえない。他の人にも音として聞こえるけど、それはただ音として聞こえているだけ。

それは雨を降らせる雲と同じ。雨なんてあんまり好きな人いない。わたしは雨好きだけど。雨とはうまく付き合っていかなきゃいけない。降りすぎたら洪水になるし、降らな過ぎても困る。受け取る側との需要と供給が超大事。

その向こうにあるのが真っ白であったかい雲。

ただ自分だけに聴こえていたものが、他の人にも聴こえるように演奏するということ

向こうに見えてたあそこまで

 

だけどその景色をほかの人に見せてあげることは、すーーーーっごく難しいことで、ただ練習すればいいわけでもないし、上手に弾けることが全てではない。

そこにある真っ白な雲は誰にでも見えるわけではなくて、ずっと空を見上げていた人、空や雲に関して知識がある人、ただ空が好きな人。そういうオタクみたいな人にしか雲の向こうの雲は見えない。 

ということは、その向こうの空を見るのはもう超難しいことなんじゃないか。

雨上がりの空を見るなんて、雨雲もまだもくもくしてる状態で、そのまた向こうにある空をよぉーく見よう。なんて、めっちゃ時間のあるニートみたいな人にしかできないんじゃないか。

 

でもそうなんだと思う。ずーーーっと見ていた人にしか見えないんだと思う。雲の上の雲の、その上にある絶対的な存在の空は、それを信じて見続けて、見続けた先にある空を、ああやっぱり空なんだ、と思えるそういう人にしか見れないんだと思う。空は絶対的だけど、朝になるし夜になるし、嵐にもなるし夕焼けにもなるし、虹もかかるし、毎日見えるものは違う。だけどそれは下にある雲とか風があーでもないこーでもないとがんばっていることで、空は変わらずに頂点にありつづける。

空にたどり着こうと宇宙船を飛ばしても、結局はそのまた向こうに空は存在し続ける。

 

どれだけベートーベンに、モーツァルトに、バッハに近づきたくても所詮わたしたちは人間なんだ。

あの雲の向こうの空にたどり着けることはできなくても、ここからでも空は見える。それを信じて頑張るしかないんだなー。

と。思いました。今日。空を見ながら。

ビールを飲みながら。

 

ベンチから家の窓を見ると、猫がのんきに腹を出してのびのびと寝ている。

おまえ。鍵を開けてくれ。

あぁ。所詮わたしは人間。

猫は気持ちよさそうに寝ている。おめぇ、なんで入ってこねぇの。て顔で。

 

こんなくだらないことを書いていて、ふと顔をあげました。

わたしが顔をあげた正面に、庭に鬱蒼と生えた草花木の向こうに、

大きな虹が見えました。

大きすぎての脚の方しか見えなかったけど、確かに虹が、見えました。 

1分もしない間に消えてしまったその虹は、私のほかに誰か見ただろうか。もっと早く顔を上げていればもっと綺麗な虹を見れたのだろうか。