ブログのタイトル考えるのダルー

みんな言いたいこと言いまくってる世の中だけれども。
いや言いたいこと言ってる人の方が実際には少ないか。
 
みんな今が楽しければ自分が無害であればかいいのか。
まぁどっちでもいいが。
 
なにか人間というものはすごく我儘な生き物。
結果的に自分がよければいい。自分が満たされたい。
本気で世のため人のためと思える人なんて存在するのか?
阿部だってオバマだってみんな自分が自分の国がよくなればいいと思ってる。
てそんなことはどうでもいい。当たり前のことだしね。自分がよければそれでいいでしょ。
 
最近自分の考えを人と共有したいと思うようになってきて困る。
すごい偏屈な人間だからわたし。誰とも分かり合えない。
そういう人はどうしたらいいのかな。
自分がよければそれでいいのだけど、この地球で生きているのは自分だけじゃないから。
超いっぱいいる。動物とか植物とか合わせたら超やばいくらいいっぱいいる。
だから困った。
自分だけよければなんて、自分だけがよく思うことなんて皆無。マジでたった一人だけ生存している空間にいくしかない。
 
こうしてパソコンでブログとか書いてる、こんなくだらない時間だけど、自分が好きなことしてるだけなんだから別にいいでしょ。自分がよければいいでしょ。
だけど勉強しなくちゃ。ピアノの練習もしなくちゃ。仕事もしなくちゃ。
なんのために?自分のために?勉強をして良い成績をとって誰かにほめられらいから?ただ自分の能力アップのためだけに勉強してるはず。たくさんの情報や技術を身につければいろんな世界で役に立つ。楽器を練習するのは楽しいから。その先に何があるのか?将来音楽家になるのか。そんな夢はない。ただ上手になりたいから。どうして上手になりたいのか。上手だねって言われたいわけではない。その作曲家いいいね、素敵な曲だねって、知ってもらいたい。
本当に自分だけがよければいいのなら、社会にでて役に立つから勉強するなんておかしい。どんなに賢くなろうと、自分のためだけに知識を使えばいい。音楽だって自分のためだけに弾いてたらいい。
だけど結局そんなことは無理なんだ。どんなに賢くなろうと、それだけでは生きていけない。お金を稼いで税金を払って老後の心配をしないといけない。ずっとピアノを弾いてたらいつか調律しなくちゃいけない。バイオリンだっていつかは弦が切れたり弓の毛替えをしなくちゃいけない。
そしてそうすることで誰かのためになってたり力を借りてたりする。お店に行って弦を買ったり、調律師さんを呼んだり、勉強するために図書館に行ったりネットで調べたり、親に協力してもらったり。
結局「自分がよければいいこと」をするためにどれくらいの人が自分には必要なのだろうか。
 
 
伝えるのって難しい。
自分の頭の中には考えや答えは確立しているのに文章や言葉にしようとすると3割くらいしか説明できない。
でもそれでいいんじゃないの?自分が分かってるならいいじゃん。自分がよければいいじゃんね。
 
飽きてきたからおわり。